私は愛する人と幸せになりたい。
たとえそれが、誰かの不幸の上になりたつものだとしても。





「マジで、もう無理……」

ストレスフルな職場から帰宅する道中、誰もいない暗い夜道であるのをいい事に大きな独り言がこぼれた。
なんであのお局は私だけを目の敵にするのか。よく嫌味にそこまでのバリエーションがあるの逆に凄い、どうやって身に着けたの?嫌味辞書とかあるの?
メイクが濃い、服装が派手、仕事が遅い、行動がとろい、うるせー!
鏡見ろや、そのドピンクアイシャドウは目に入らないのか。
そもそも私は職場にいくのに気合いはいれない。イエス!エブリデイ手抜き!
疲れすぎて脳内が騒がしすぎるがこれでストレスが少しでも緩和されればいいもの。
いや、緩和されんわ、なんで私だけ嫌いな女の先輩の仕事を押し付けられているのさ。
体調不良なのは仕方ないけど、私が一日休んだだけで「体よっわ」って鼻で笑ったの忘れてないからな。
前々から苦手だったけど、その日確定で私の許さないノートに堂々と名前が載りましたから。
もしかしなくても、私舐められてない?
そりゃ自己主張も断るのも苦手だけど嫌なことは嫌なんだよな~。
家族からも「自己主張が下手」とお墨付きな私には難易度がウルトラ高い。


モヤモヤして、お腹が減っているせいもあり少しイライラもしながら、自宅までのショートカットとして近所の公園の中を堂々と突っ切っていく。
月明かりと電灯が薄曇く輝く人気のない公園は不気味だが、今の私は無敵状態。

「……ひぇっ、ぁ、……すいません」

無敵とか噓です。
誰もいないと思っていた公園のベンチで男の人が物静かに座っており、ビビり散らかして、情けない悲鳴をあげてしまった。
ひぇってなに?いくらなんでもダサすぎる。
恥ずかしさと人がいた驚きにバクバクした心臓を抑えて、会釈をして通りすぎようとしたとき、がっつり腕を掴まれた。
え、なぜ?なになに、怖い怖い怖い。パニックパニック!
一生懸命に腕を振り回して逃げようとするけどがっつり掴まれている腕は離されない。
この男性以外人がいない公園で一体私は何をされるのか。
あたりは肌寒いのに冷や汗なのか背筋に汗が伝う感覚がした。

「は、離して、ください」

語気はとてつもなく弱くて、肩をすくめて男性の方など見ることができなかった。
この言葉をいう事すら自分には一生分の勇気を振り絞ったつもり。

「あっ、怖がらせてすみません。特に何もしません。よかったらこちら座ってください」

は?軽すぎだろう。こちとら殺されることすら覚悟したんだぞ。
というかいきなり腕をつかむとか失礼すぎだろう。痴漢で訴えるぞ。できないけど。
ただ怒りは本当だったのでどんな男か一目顔を見てやろう、そういつもより幾分か悪い目つきで漸く男性の顔を見た。
その瞬間恐怖はフルスイングでどこかへと飛ばされていく。
脳内がホームラン!とやかましい。

うっそ、顔良!もしかして始まるのはロマンス?なんてバカな想像をする位に男性の顔はよかった。
イケメンというか美形、アイドルやら何やらに興味がない私でもテンションがあがるくらいの顔と言えばいいだろうか。
暗い公園も似合いますね!撮影ですか?と聞いてしまいたい。
いや、自分ちょろすぎだろう、顔で解決はしません。でも連絡先を聞かれたら答えます。

「あの、お話したいことがあって、座らなくて大丈夫ですか?」
「え、あー、はい、大丈夫です」

いくら顔がいいからといって警戒心は全て消えたわけではない。
どんくさい私が走ったところで勝てそうではないが、座ったときよりはマシだろうと距離を置いて立つ。ちなみに美形は全員運動ができると信じている。
というか、話したいことがあるって何?
私とこの男性は初対面のはず、この造形美を忘れるほど記憶力がない訳ではない。
そんな脳内会議に忙しい私とは余所に男性はマイペースに鞄をゴソゴソを漁れば小さい四角い小箱を手にした。
「あなたに一目惚れしました。結婚してください」

結構やばい人だった。
警戒しすぎて失礼だったかな、なんて罪悪感を一瞬で拭いさってくれる。素晴らしい手法だ。真似はしたくない。
美形に対してもう恐怖とドン引きの感情しかいだけない。
というか、え、この美形が私に一目惚れ。……OK!結婚詐欺ね!
もう今日は厄日であることが確定した。
私に結婚詐欺を仕掛けたとしても大金などない。残念だったな。
5歩くらい後ろに下がっている私に美形は不思議そうな顔をしていた。
あなた、さては今までその顔面でブイブイ言わせてきたのだろう、私にはそうはいくまい。

「これをあなたのために用意しました」

先ほどの四角い小箱を結婚指輪を見せてプロポーズしてくる婚約者の体制で私に見せてくる。
おいおい、一目惚れの有り無しはともかく初対面結婚指輪は流石に110だって。
相手の勢いと熱意が理解できなくて及び腰になってしまう。
まさかダイアモンドの指輪とかではないよね?それはもう純愛を通りこしてストーカーという犯罪に飛び込むんだよ。
嫌悪感丸わかりの顔で恐る恐る箱のクッションに置かれた指輪を見ようとするが、首を傾げてしまう。
そこにあったのはピンクのネイルチップが1つあったから。
謎チョイスに恐怖より困惑が勝ったのを実感した。

「え、ぇ?ネイルチップ?どういう?」
「あなたへのプレゼントです。喜んでほしくて」
「いや、え、私ネイルチップ1つ貰って結婚承諾する女と思われています?」
「いえ、これはネイルチップではないですよ?」
「じゃあ、それはなんですか」
「これはあなたの職場の嫌いな女性の先輩からとってきた左薬指の爪です」
「……は」

理解できなかった。
目の前の美形は照れたようなはにかんだ美しい笑顔を浮かべていることはわかる。
でも、言葉の意味がわからない。
この人は今爪と言っただろうか。
誰の?私の嫌いな女性の先輩の?
なぜ知っているの?というより左薬指の爪?
ピンク色のネイルチップみたいなやつ、手についてるそのままの爪の色だ。
箱の中身と照れている美形を何度も交互に見比べて理解をしてしまった。

「ひ、ひっ、ひぃぃぃぃ!」

初めて本気の悲鳴をあげた。
目の前に怪物がいた時にあげる悲鳴は漫画とかで散々見たが、まさか自分がすることになるとは照れるものだ。
しかも、何とも独特な悲鳴だこと、恥ずかしいわ。
でもこんな状況で「きゃー」なんて可愛い悲鳴をあげられない。
体中の力が抜ける。立っていられない。
「血の気が引いていく」の言葉をまさに今実感している。
あ、これが気絶するってやつか。
一週回って冷静な判断をする脳内は強制シャットダウンよろしく、一瞬でプツンと意識が途切れた。