この日から真夜さんは作り置きを作ってくれたときは、私が帰ってくるまで待っていてくれることが多くなった。
遊びたいゲームを選んで、ソワソワとしながらお出迎えしてくれる。
おかげで毎日が凄く充実している。
会社と自宅の往復だけだった味気ない日々が新鮮で色鮮やかになった。
それは、真夜さんの作ってくれたご飯も、真夜さんとの楽しいゲーム時間も理由であるけれど、それ以上に真夜さんの隣が酷く居心地が良かったから。
おっとりしているところ、よく笑うところ、たまに突拍子もないところが一緒にいて私の心が温かいもので包まれる。
陽だまりのような穏やかさとワクワクする楽しさと、心臓がきゅんとするトキメキの割合がバランスが絶妙でいつも元気をもらえる。
後数日で真夜さんがきてくれると、指折り数えて待っている自分がいた。
温かいご飯を作ってくれて、家で私の帰りを待っている人がいることがどれほど幸せかを知ってしまったのだ。
こんな優しい世界を知ってしまったらもう戻れないじゃないか。
恋愛には興味がなくて当分独り身だと思っていたのに、人生とは本当に予測できないものだ。
毎日ウルトラハッピーで、チューリップが頭に咲いているくらい浮ついていた。





なのに、馬鹿みたいにたった一言でカラフルな世界にグレーの絵の具を混ぜられてしまった。

「あんた、何?男でもできたの?そんな地味で華やかさもないなら、すぐに捨てられるでしょ。あんまり浮つかない方がいいわよ」

気に入らない人間が毎日幸せそうだったらどうにか嫌味を言いたくなるのが人間の性かもしれないので仕方ないといえば仕方ない。
真夜さんから言われた訳ではないので別に真剣に受け取る必要もない言葉。
地味なのは自覚しているので部分的には正論かもしれない。
あの一言で自暴自棄にはならないし、泣くことでもないけどささくれのように何となく気になってしまう言葉だった。
だって、真夜さんに何もできていないから。
容姿も釣り合わない、いつもご飯を作ってもらっている、遊ぶためのゲームは用意しているが自分もとてつもなく楽しんでいるのでお礼になっているかは悩ましい。
私、貰ってばっかりだ。呆れられちゃうかな。私でいいのかな。


仕事中にシリアスモードになってしまうが、今は仕事に集中せねばと首を振る。
モンスターは2体から1体に減ったのだから、まだ前よりもマシだ。精神攻撃は減れば減るだけいいものなので。
隣に座っている元宿敵であった先輩を横目で一瞥する。
どうやってそんなに人をイラつかせられるボキャブラリーを習得できたのかと思うほどに毎日毎日小言と嫌味ばかり言っていた先輩があら不思議!3週間のお休みで人が変わったではありませんか。
ぴたりと静かになり、仕事を押し付けてくることなく、黙々とちまちまと仕事をしている。
小動物みがあってとてもいいと思います。
原因がやや思いあたり脳内で傾国か?ってくらい綺麗な笑みを浮かべている人間に目は死ぬが。
お休みしていた理由は聞けていないが、復帰直後は流石に気になりすぎて、そっと左手の薬指をみたが爪はあったように見えた。
真相は謎だが、深夜さんの噓だったのか、はたまた治ったのか、どちらかになるだろう。
私は我が身が可愛いので深ぼるまい。




仕事の帰り道、気分は少し回復した。回復というか、時間が経って気持ちが落ち着いたのだ。
嫌な言葉であるが、人様の意見なのだ、気にしすぎは良くないだろう。
第一、こんな地味な私に一目惚れをしたのだからこの容姿が凄い嫌いってことではないのだろう。
そうそう、そこまで不安にならなくて大丈夫。大丈夫だから。
でも、ちょっと嫌な思いをしたのは事実なので気分転換にお店でも入ってお買い物でもしてしまおうか。


私は吸い込まれるようにドラッグストアに足を踏み入れた。何を買おうかな、頭の中で態とらしく呟くが足はコスメコーナーへせっせと進んでいく。
そうそう、気分転換にリップの色でも変えようかな。それとも気分転換にスキンケアとか力入れてみようかな。ヘアオイルとかいい匂いのやつにでもしようかな。
気分転換、なんて言い訳をして口コミの良さげなコスメをカゴに放り込んでいく。

その日から使わないと勿体無いなんて言いながら精一杯吟味したスキンケアを使い、彩度の高いリップを塗り、髪型も少しアレンジを加える。眉毛なんかも動画を見て自分なりに整えてみた。
似合っているかもわからないのに、誰かのために初めて綺麗になりたいと思った。
誰かたった1人のために、こんなにもやる気が沸くものとは知らなかった。
昔は少女漫画になって共感一つできなかったのに、今の私は漫画にでてくる女の子の気持ちが誰よりも分かった。
オシャレでも美人でもない、すごく何かが大きく変わった訳でもない。
でも、見て欲しい、気がついて欲しい、そして欲を言えうならば褒めて欲しい。
あと数日で会えるかな、落ち着かない心は今更なのに部屋の片付けなんかも初めてしまった。

でも、悲しいかなタイミングが合わないのか今日の作り置き日には真夜さんはいなかった。
冷蔵庫には新しい作り置きが入っていたので忙しいのだろう。
しょうがない、次回かな、と柄にもなく寂しくなってしまう。
少女漫画の主人公のようにお相手と会えなくて寂しがる、なんていじらしくて愛らしい女の子の振りをするが、次の瞬間、反抗心が湧いてきた。
いや、丁度いいじゃないか。
いつも私が手のひらで転がされているのだ、タジタジになるくらいの美女はちょっと難しいので、驚かせるくらいの変化はしてやろうじゃないか!
やる気スイッチが連打されたくらいに急に気合いが入る。
悲しいかな、私に少女漫画のヒロインは無理だった。バトル漫画なのかってくらいに闘争心が湧いている。
この数日間で「綺麗になりましたね」と照れながら言わせるくらいに自分磨きをしてやる。
いいさ、いいさ、今日会わなかったことを後悔させてやろう。
どうあがいても私にヒロインは無理だ。まぁ、相手はストーカーだからそのくらいの強さは必要だろう。
たった数日ではあるが真夜さんに「褒めてもらう」を目標に自分磨きに精を出そうと頬を叩いた。